お見舞い


今年の春頃だったと思う。家の電話が鳴って出たところ、数年前まで歌を教えていた生徒の Y さんだった。
「もう一度歌いたいので歌いに行ってもいいでしょうか?」
と言うので、
「もちろんです」
と答えると、
「私、癌なんです。もう治らないんです。今は入院しているので、出掛けられることが決まったらまた電話します。」
とのこと。驚きながらも連絡を待ったが一向に次の電話は来ない。
ちょうど春頃から忙しくなった私は、そのうち自分のことでいっぱいになり、正直忘れてしまった時もあった。

リサイタルの案内状を送る作業の中でハッとして思いだし、もしも彼女が入院していてもご家族の目に留まれば、と、案内と一緒に私の予定を書いた手紙を入れた。
「ご連絡をお待ちしています」と携帯の番号を記したが、やはり連絡はない。

時間ができたら、ご家族に連絡をして・・・と、ずっと気に掛けていたけど、今年の私は本当に時間がなかった。

ようやく先週、Y さんのご主人のメールアドレスを手に入れて連絡を取り、某病院緩和病棟に入院している Y さんに会えた。
ずいぶん痩せてしまったけど、車椅子に座っていられる日は元気な方なのだそうだ。
その病棟には、ピアノの置いてあるお部屋があって、Y さんに「一緒に歌う?」と聞いてみたけど、「ううん、私は歌えないから先生歌って」と言う。
Y さんがレッスンで歌った曲やアヴェマリアなどを弾きながら歌うと、とても喜んでくれた。

Y さんは余命がわかってから、カトリックの教会で洗礼を受け、動けるうちに、とイタリアに巡礼旅行にも行き、故郷で同窓会にも参加したそうです。
「やりたいことは全部やったの。あとは先生の歌を、本当はホールで聴きたかったけど、今日聴けたからよかった」
私なんかの歌でそんなに喜んでもらえることがとても嬉しく、とても切ない気持ちになった。

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