昨年9月北海道の地震 その3

胆振東部大地震の2日後に札幌入りして 母と過ごした話の続きです。整理できてない私の気持ちがダラダラと書かれているので、お嫌な方は読まないでくださいね。

相変わらずお店には生鮮食品が並ばなくて、東京から持ってきた野菜やお肉が無くなるのでは?と思ったころ、いつも札幌でレッスンのスケジュールを調整をしてもらうKさんから「節子さん、いまホクレンにいるんだけど、何か必要なものある?色々品物が揃ってますよ。」とメールが届き、卵や豚肉、ブロッコリーを頼んだところ、すぐに車で届けてくれました。
ありがとー!

月曜日は 母のディサービス最終日。でもそのことを母は知りません。というか、話しても5分と経たず忘れてしまいます。
ディサービスでは、翌々日が母の誕生日ということで少し早い誕生会をしてくれたそうで、紙で作ったお花を持ち、母は上機嫌で帰ってきました。
送り届けてくれたスタッフさんにニコニコと「またねー!今度はいつー?」と問いかけます。
スタッフさんが一瞬 言葉に詰まると何かを敏感に察知した母が「なーに?もう無いの?」と悲しげに言います。
「いえいえ、また会えますよ。」とスタッフさん。
「じゃあねー!」と子どものようにハイタッチをする母を見ていると、こんなに楽しみにしているディサービスを辞めなければならないなんて・・と辛い気持ちになります
でも、色々なことをすぐに忘れてしまい、忘れてしまうことによって不安で夜に散歩に出てしまう母を、これ以上一人で家に置いておくことはできないので、住むことのできる施設やホームで暮らしてもらわなくては。そのために探したホームの空き待ちの間、翌日から短期の施設にお引越しです。
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翌日火曜日の朝、母の食事の準備をしながら、もうこうやって準備をすることもないんだ・・と思うと異様に寂しい。子どもが巣立つときはこんな感じだろうか。だったら、私が音楽の勉強をしに東京に旅立ったとき、両親はどんなに寂しかったことだろう・・・
入居したい介護付き老人ホームが空くまでの間の老健施設に 母を送り届け、しばらく一緒にいて帰ろうとすると「やだ!私も帰る!私はどうやって帰るの!?」と追ってくる母。いたしかたなく「あとで迎えに来るから。お母さんはリハビリがあるんだよ。」と半分嘘をついて出てきました。
実際、老健は老人が健康に生活できるようなリハビリを目的とした施設なので、リハビリが母の気持ちを紛らわしてくれることを祈りつつ・・・
翌日水曜日、東京に戻る前に母に会いに行くと「ここはどこなの?」「どうしてここにいるの?」と質問するので、きっとまた忘れてしまうだろうけど、一時でも納得した気持ちになって欲しくて、正直に説明をしてみた。そのときは納得したようだけど、同じことをすぐに聞いてくる・・・うーん、辛いなぁ。でも慣れるまではしかたないです。見えるところに母への手紙を書いて置いてきました。
「物忘れのリハビリをする所です。家のこと、お金の事は心配しないで大丈夫だよ。また会いに来るからね。娘・節子より」
住み慣れた家でもなく 回りは知らない人ばかりで、慣れるのには時間がかかるだろうけど、これが母のためなのだ、と強く思ってみる。それでも、一緒に住んであげられない自分を責めてしまう・・・辛い日でした

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